アデア

長机にずらりと並んだ神殿の導母達の後ろには、歴代導母長たちの肖像画が掛けられ、その色褪せた瞳で、ただ静かに見下ろしている。

アデア導母長の合図で、導母会議は始まった。 末席に座るヴェレナ導母は名簿をもって静かに立ち上がり、読み上げ始めた。 

「今季、新たに入りました見習いは、星光格子のヴェラティス家、蔦と石畳のフォレタ家、雲と水差しヌベリア家に、風と櫛のヌマティス家、双魚の――」

 「カレジアン家ですね、いつも双子の。もういいです」アデア導母長は、ヴェレナの言葉を遮った。「全部で何名ですか?」 

「26名です」ヴェレナは名簿から顔を上げた。 「26名……」アデア導母長は絶句した。「あまりにも少ない。これは今までで過去最低ではないですか?」

場の空気は凍り付き、皆の視線がある一点に集まる。渉外担当、ランゲ・テオフォニア導母だ。アデア導母長は、静かに彼女を見据えて口を開いた。 「ランゲ導母。渉外担当のあなたに聞きます。この由々しき事態、原因は何だと考えていますか?」

渉外担当のランゲ・テオフォニア導母。この静粛であるべき席で、場違いなほど華やか装いだった。そのスカプラリオには精緻な装飾とラピスラズリが輝き、ベールには金糸を縫い付けてあった。

ランゲ導母は舞台女優のような大きなため息をついてから話し始めた。「これはもはや看過できぬ事実。申し上げます、当女君院の権威は、著しく低下しております」 

「威信や権威などというものは、ナズの女君院には不要です。女君と院の使命は、信仰に基づき社会の礎となるものです」アデア導母長は静かに返した。

ランゲ導母は言った。 「いずれにせよです、導母長様。この女君院に人々が娘を預けなくなったのは、我々の影響力が減っているという、何より分かりやすい兆候ですわ」

アデア導母長はランゲから視線を外し、別の導母へと向けた。 「エンメラム導母。財政的な観点からはどうですか?」

「ヴェラティス家、カレジアン家からの今季の献金額は、昨季比で二割減。他の家々も軒並み減少しています」エンメラム導母は答えた。

アデア導母長は重々しく頷き、すべての導母たちを見渡した。 「人数も、献金も減っている。危機的状況です。……この原因について、他に意見のある者は?」

その言葉を待っていたかのように、ロクリッサ導母が鋭い声で割り込んだ。 「原因は明白でしょう。我らが神聖なる院に、どこの馬の骨とも知れぬ、紋も持たぬ**『穢れ』**を招き入れたからです」

ロクリッサの断罪に、会議室の空気が凍り付く。ヴェレナが唇を震わせ、反論の言葉を探していると、ランゲがそれを制するように言った。 「灰の子にも問題はあるやもしれません。ですが、それは問題の根ではなく、もっと深く、あらがいがたい大きな潮流です」 

彼女は立ち上がると、窓の外、遠くに見えるウェノ・マトルの城郭に目を向けた。「この神殿にいらっしゃる皆様には実感がもちずらいかもしれませんが、我ら女君院の威光が絶対であった時代は、過ぎ去りつつあるのです。建造された新大陸、そして自由都市…。星の外からの新たな技術。人々の関心も、富も、そちらへ流れている。彼らにとって、我らの歴史や神託よりも、あらたなる金鉱や、技術に興味があるのです」 ランゲはにこりと微笑んだ。

「……もちろん、嵐を呼び、それを払うような、本物の『奇跡』を見せられるのであれば、話は別でしょうけれど」

重い沈黙を破ったのは、ユステ導母だった。ランゲ導母の華やかさとは対極に、彼女の存在はまるで石の鎧を思わせた。その大きな身体は、率先した労働によって鍛え上げられており、彼女を信仰の兵士と呼ぶものもいたほどであった。

「終わりのない回廊の増築に、彫刻、装飾。淑女会の方々にはさぞ評判だったのでしょう。しかしこれらが奇跡を呼び起こすのですか。増えていく祭祀と祈祷に献金」彼女の声は太く、低く、会議室に響いた。「この神殿が慎ましくあれば、導母長様のおっしゃるとおり、権威など不要なのであれば、女君見習いが減ろうと、問題がありましょうか」 

「でしたら、ユステ導母。あなたが帳簿をつければよろしい。エンメラム導母なら、辛抱強く教えてくれるでしょう」ランゲ導母はまたしてもにこやかに言った。

「軽口を慎みなさい、ランゲ」アデア導母長が制した。「ユステ、あなたの信念は自分の中に貫きなさい。ですが、この会議は私が取り仕切ります。そしてこの私のは、片付けられる問題から対処するつもりです」

ユステ導母は、また口をつむいだ。沈黙の構えだぜ。

「で、あればです。ひとつよろしいですか?」ロクリッサ導母が問いかけた、アデア導母長は頷いた。

 「いつまであの灰の子を甘やかし続けるおつもりですか? 紋も持たぬ子を同列に扱うのは、ひどく評判がわるいです。これこそ、すぐに是正すべき問題でしょう」 彼女は続けた。「いかに機関と枢密院の意向といえども、あまりに謎が多すぎます」

アデア導母長は答えた。「神託の全容は、私にも明らかにされていません。それはセタシオン卿のみぞ知るところ。……しかし、それが『奇跡』をもたらすことを、私は信じています」

 「ですが、導母長様」ロクリッサ導母が言った。「他の女君たちと一緒に育てる必要など、あるのでしょうか」 

アデア導母は考えた、思考している。

ヴェレナは恐怖を制して、口を開いた。「ミズハはこの日を楽しみにしてきたのです。それなのに、すぐ除外されてしまうなんて。あまりに残酷です」ヴェレナが悲痛な声で言った。

アデア導母長は、その言葉を遮るように手を上げた。避けられぬ結論を前に、せめてもの慈悲を示すかのように、静かに、しかしはっきりと宣言した。

 「彼女の処遇を検討しましょう、セタシオン卿と」