惑星ヤ=ムゥは、表面積の約85%が海洋に覆われた極めて水の多い惑星であり、超古代文明によってコロイド精製を唯一の目的として設計・建造された人工惑星工場であると提唱されています。その地質、気候、社会体制のすべてが、星系間航行に不可欠な戦略的資源であるコロイドを中心に構築されています。
以下に、惑星ヤ=ムゥに関する詳細な設定を解説します。
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I. 惑星の起源と本質:人工惑星工場
1. 創造主と駆動機関
惑星ヤ=ムゥは、自然に形成された天体ではなく、太古の超文明(「創造主」)によって計画的に建造されました。
• 唯一の目的:魔術的なエネルギーを秘めた半液体物質である「コロイド」を精製することです。
• Moon Engine:惑星工場を動かす心臓部は、7つの月(衛星)をピストンとして利用する巨大な機関である「Moon Engine」です。この複雑な引力の相互作用によって惑星の潮流が精密にコントロールされ、深部でコロイドが練り上げられます。ヤ=ムゥの系は8体問題(惑星+7衛星)であり、その運行の計算(神聖暦)を独占することが枢密院の権力の源泉です。
• 虚光機関 (VLE):惑星の核に幽閉された人工知性体であり、惑星の意思そのもの、あるいは古代のプロトコルで封印された「囚人」であると解釈されます。ナギ教団が神託を得るための「機械仕掛けの神託」として利用する超長距離情報処理・通信装置の本体でもあります。
2. 形而上学的な解釈
ナギ教の秘教的知識やグノーシス主義的な解釈では、ヤ=ムゥという物質世界(ヒュレー)は、至高の存在から堕落し苦悩する「ソフィア」(虚光機関に相当)の情動(パトス)が凝固したものであり、生命を隔離するための牢獄であると捉えられています。
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II. 環境と地質学的特徴
1. 地理と地質活動
ヤ=ムゥは表面の約85%が海洋に覆われています。限られた陸地は、地球のアイスランドのような火山活動が活発な地域で構成されています。
• ウェノ・マトル大陸:主要な陸地であり、地熱地帯と火山が混在する荒涼とした島です。その中央部は安定した古代クラトンを形成し、聖都ウェノ・マトルが建設されています。
• 加速された地質活動:大陸移動や隆起といった地質活動は、地球の約2倍のスピードで進行しており、これは惑星内部の異常に活発なコアによって駆動されています。この加速は、コロイド生成に必要なサイクルを設計者が意図的に速めた結果である可能性があります。
2. 磁場とコロイド生成
ヤ=ムゥは極めて強力な磁場に覆われており、惑星外の精密な情報機器を持ち込むと即座に故障するほど特異です。
• 強磁場海流:海底には、既存の物理法則では説明困難な強烈な磁場海流が存在します。
• 磁場の役割:この強磁場は、単なる惑星の特性ではなく、コロイドという特異物質を生成するための必須機能、すなわち巨大な「触媒」あるいは「封じ込めフィールド」巨大なシールドであるとも主張されています。
3. 気候と季節
巨大衛星エナイポシャの強い潮汐力と地熱活動が、厳しい気候サイクルを生み出しています。
• 四季サイクル:光季(白夜)、霧季、嵐季(Stormtíð)(極夜)、融季のサイクルがあります。
• 嵐季の脅威:特に嵐季には、活発な火山活動に加え、衛星の強い潮汐力による「凶暴な暴風雨」や「異常な高潮」が発生し、低地や沿岸部が部分的に水没します。都市や交通網は、嵐を避けるため地下空間に築かれることが多いです。
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III. 戦略的資源「コロイド」
1. コロイドの性質と価値
コロイドは、星系間航行に不可欠な基幹物質であり、ヤ=ムゥ最大の戦略的資源です。
• 物質的特性:反物質的エネルギーが化石化したような希少物質であり、量子情報や生物学的な機能も持つ多層的な存在です。
• 精神的影響:生体と相互作用することで、訓練された者(主にクラオミ族の血統を引く者)の精神感応能力(念話など)を活性化させる力があります。
• 起源の解釈:グノーシス主義的観点では、コロイドは虚光機関(堕ちた神性)の**「情動の物理的な結晶体」**であり、「神の心のカケラ」であると解釈されます。
2. 生成メカニズムを巡る学説
コロイドの生成メカニズムは完全に解明されておらず、複数の説が提唱され、主流科学と異端説が対立しています。
• 虚光由来説(有力視される主流説):衛星エナイポシャから放たれる特殊エネルギー「虚光」が、マグマ/地熱活動と相互作用してコロイドが生成される。しかし、エネルギーが固形化する物理的なメカニズムが不明であり、虚光放出の痕跡や触媒となるべき生命体が見当たらないという決定的な問題点を抱えています。
• 人工惑星システム説(異端説):惑星地質学者バントゥラム・キバラが主張する説で、ヤ=ムゥ全体が超古代文明によって設計された「コロイド工場」であり、コロイド生成は惑星規模の共鳴プロセスによる**「エンジニアード・プロセス」**であると考えます。
• 衒痕岩(げんこんがん):コロイド地質学の重要な研究対象である特異な火山性岩石です。岩石形成時に高純度コロイド場の影響を受け、コロイドが離脱した後に痕跡として残るものであり、純白であるほど高純度のコロイドの存在を示唆します。バントゥラムは、これに含まれる「ありえない結晶構造」を人工設計の証拠と見なします。
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IV. 社会構造と統治体制
1. 統治形態:ナギ神権体制
ヤ=ムゥは、天導人を最高権威とし、ナギ教という宗教を基盤とした厳格な**神権政治(Theocracy)**体制です。
• 二重権力構造:
◦ 枢密院:女性のナズの女君のみで構成される最高意思決定機関。虚光機関を通じて天導人の意志(神託)を受信・解釈し、絶対的な「勅令」として発布します。
◦ 天導政権:男性主体で構成され、枢密院の勅令を現実世界で実行する実務的な政府です。
• 女君院:ナズの女君院は、コロイド感応能力を持つ女性を選抜・訓練・管理するための国家機関であり、諜報機関としての機能も持ちます。結婚という最も私的な制度を諜報活動の基盤に組み込み、社会の内部情報をリアルタイムで掌握しています。
• 太陽柱:女君制の頂点に立つ生ける神託であり、最高の外交専門職として星外活動や虚光機関の運用を担います。その力は自らの魂を削るという大きな代償を伴います。
2. 社会統制システム
ヤ=ムゥ社会は、混沌とした自然環境から逃れるため、人為的に絶対的な秩序を構築しています。
• 紋様実在論:「紋様」によって個人の役割、職業、結婚相手、そして思考様式までが規定されるシステムです。紋様は未来志向的であり、個人に果たすべき「器」としての役割を規定します。
• 遺伝的調和計画:天導人が約1000年をかけて進める計画で、優秀な遺伝形質の保存・強化、温順性や従順性を強化した「ヤ=ムゥ人」の創造、そして最終的にコロイド感応性の高い**「超知覚種族」の創造**を目的としています。
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V. 主要な居住種族
ヤ=ムゥには、支配階層である天導人を頂点に、複数の種族が存在します。
• 天導人(セファ):トゥパ星系からの難民として到来した高度知性体で、不老性を獲得しています。自らの宇宙船を深海に沈め、エネルギー・情報マトリックスの「顕現体」として現世に存在しています。
• クラオミ族(潮紋人):ヤ=ムゥの先住種族。細身で青白い肌、皮膚に潮紋という模様が特徴です。念話(シオル・グス)や地脈感知能力といった精神能力を持ち、その血統は天導人の「超知覚種族創造計画」において重要視されています。
• ヤ=ムゥ人:クラオミ族の血統と天導人の遺伝子操作により創造された現代人類。温順性と従順性が強化され、批判的思考能力は抑制されています。
• ウディアン(ヒルトゥプ族):人間型の上半身と魚類的な下半身を持つ半水生種族。かつて海洋帝国を築きましたが、天導人に敗れ、深海への適応能力を奪われるなど遺伝子操作を受け、現在は儀礼的な役割を担う**「制御された王族」**として飼いならされています。
• ラヒマ・トゥアマ:他のウディアンとは起源が異なり、旧大陸の超科学者集団の末裔です。深海へと移住し、遺伝子工学で頭足類型の身体へと改良、古代の超科学技術を保存した潜水艇「マールストロム号」を聖域としています。
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VI. 経済と地政学的状況
1. レンティア国家としての脆弱性
ヤ=ムゥはコロイド輸出に全面的に依存するレンティア国家であり、富は一部のエリート層(産労連盟など)に集中しています。
• 統治の焦点:政府の機能はコロイド利権の管理と外部交渉に注がれ、国内の発展は停滞しています。
• 最大のリスク:市場変動よりも、枢密院の神託が示唆する「地盤沈下」や「嵐の進路」といった予測不能な自然環境が最大のビジネスリスクです。
2. 外部勢力による利権争奪
ヤ=ムゥはコロイド利権を巡る星系間覇権争いの**「戦場(チェス盤)」**そのものです。
| 勢力 | 星系 | ヤ=ムゥでの役割 | 代理組織 |
| 産労連盟 | アクラブ | ヤ=ムゥ内部の実質的な支配者(ゲートキーパー)。天導政権に代わりコロイドの産出・流通を管理。 | ハイドロ宙海、JADE(元ラヴァシックス) |
| ロンディヌ | 金融・軍事中枢 | 金融力と軍事供与を通じて影響力を行使。コロイド市場の価格操作も行う。 | プライム・ギルド, ハイドロ宙海への出資 |
| オーフェリア | 対抗軸 | バイオテクノロジーを武器に、裏経済を担う。コロイド利権を奪うため、既存体制の破壊を目論む。 | 進生命工学機構 |
3. 主要な都市の対立
• 聖都ウェノ・マトル:伝統と信仰、そして枢密院の中枢がある政治的中心地。強磁場の影響で技術は「地熱パンク」(熱機関や機械式制御)が主流です。
• 雨街(レインシティ):天導人の支配が緩い自由経済特区であり、星系外の資本や人々が集まる非公式なコロイド取引と裏経済の中心地。オーフェリア系の非合法バイオテクノロジーやドラッグの製造拠点となっており、天導政権の**「第二の稼ぎ頭」**ともなっています。また、「超知覚種族創造計画」のための遺伝資源収集の実験場でもあります。
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VII. 現代の危機と秘密の計画
1. 「黒水条約」と政治的膠着
ヤ=ムゥは静嵐33年に産労連盟と**「黒水条約」**という不平等条約を締結し、コロイド利権の大部分を明け渡す屈辱的な状況にあります。この条約下で、ヤ=ムゥは21年間(物語開始時点の静嵐54年まで)、緩やかな停滞を強いられてきました。
2. UDDP計画と「海炎」
現在、オーフェリア星系主導で進められている**UDDP(超深層掘削計画)**は、表向きは深海コロイド掘削ですが、その裏にはヤ=ムゥの既存の支配構造を破壊する目的が隠されています。
• 秘密の目的:意図的なコロイド流出事故と、異次元への接続点**「ヴォイド」の解放を通じて、惑星の防御機構である「海炎(かいえん)」**を人為的に発動させることです。
• 海炎の正体:海炎は、超古代文明が設計した惑星規模の自己免疫機能であり、「天導人」のような外部の寄生者を惑星の体内から駆逐し、健康な状態に戻ろうとする聖なる治癒行為であると解釈されています。
• UDDPのきっかけ:約10年前にヤ=ムゥの超深海に発生した巨大な亀裂と、そこに露出した古代地質の調査が、この計画立案の直接のきっかけとなりました。
3. 潮の編み手の抵抗
ヤ=ムゥの先住民族の末裔で構成される秘密抵抗組織「潮の編み手」は、天導人の支配に抗い、惑星システムの秘密と古代の知恵を守り継いできました。彼らはUDDP計画が海炎を引き起こす危険性を察知し、古代の技術と信仰を用いて、惑星を守るために動き出しています。