もしこれから私に起きた本当にツイテない事件について本当に聞きたいなら、まずはあの光の話から始めなくちゃいけないと思うの。シリンダーの中の木漏れ日。アンバー・トワイライトは、蜂蜜みたいに濃厚な黄金色と、乳白色の輝き。それ私たちのヘイズ・シリンダー全体を、まるで「ずっと覚めたくない夢」みたいに染め上げている。それは比喩とかの類じゃなく、ただ明るいだけでもなく、私たちヘイズのシリンダーで生まれ育った人間に、普遍で自然な存在だった。
その光は私たちの体に合わせて調整されていて、セロトニンを最適化してくれる。だから毎朝、自分がとても調和のとれた、道徳的な人間で、世界はまさに「あるべき姿」なんだって感じながら、すっきり目を覚ますことができるのよ。
あの日も私は昨日と同じように、ステイシス(居住繭)から滑り出して、トワイライトのテラスへと向かっていた。朝食のプレートに刻まれた螺旋が、朝の光をちょうどいい角度で反射して、海藻のサラダを「それについて詩でも書きたくなるような何か」に見せていた。クロノムは向かいに座って、私と全く同じものを頼んでいたの――彼はそういうところがある。
些細な細部にまで、なにごとにも理由を見出そうとするのね。それが彼のいう象徴主義的な作法だったかは分からないけど、鼻歌で歌っていた古い旋律は、たぶんヘイズの公式アーカイブには記録されていない類のもので、オラクルなら「非公認のノイズ」に分類するような類のものだった。でもそんなことも気にならないくらい気分のいい朝だったわ。私のSNC端末はいつものように礼儀正しいパルスを刻んで、私の肌に「すべてはあるべき姿のままよ」と優しく囁き続けていた。
クロノムが啜っていた合成茶からは、お日様をたっぷり浴びた、胸が苦しくなるほど懐かしい香りが立ち昇っているの。本物なんて一度も見たことがないのに、不思議よね。周りのテーブルでは、同僚たちがヤ=ムゥへの開拓がいかに人類を純化させるか、なんて高潔な議論を交わしているけれど。
「まるで作り物みたいなんだよ」クロノムは満足げに、カップを小さな音を立てて置いたわ。「今朝、局でヤ=ムゥの新しい投影データを見たんだ」彼は悍ましい真実へと言及するために、少し声を潜めて入ったわ。「あそこの空は、ほとんど晴れることがないんだってさ。投影データによれば、ただの曇りなら運がいい方。嵐ならとんとん。大嵐になって、ようやく天気が悪いって言えるレベルなんだって。想像できるかい、セシル? まるで作りものじゃないか」
「作り物なんてほど甘いものじゃないわ。大気が常に不安定で、空気がその重みで人を押し潰そうとするような暴力的な世界よ。人々は常に怯えながら、岩の影で空が悲鳴を上げるのを聴いて暮らしている。およそ「家」なんて呼べるような場所じゃないの、本当のことを言えばね」
「正直に言うよ、僕は興味があるんだ。ヤ=ムゥにね」
手首の小石が警告の振動を小さく送ってきたけれど、私は無視したわ。「まさか、本当に入植に志願するつもりじゃないでしょうね?」
「できることならそうしたいよ。でも、一人で勝手に決められるようなことじゃないからね。測量士殿のご賛同をいただけないことには、夢を見ることもできないさ。でも僕みたいな科学や技術に無頓着な人間が、突拍子もないことをまた言ってると思うかもしれないけど、そういう人間にしかない知見というものもあると思っているんだ」
「それはあなたのいう無味乾燥のドクトリンへの批判?」
「ドクトリンなんて、そんな硬い言葉で包まないでくれよ」
クロノムは苦笑して、指先で合成茶の表面に浮かぶ、琥珀色の小さな渦をかき混ぜた 光は計算し尽くされた黄金の影を落とし、シリンダーの中の彫像をどれもこれも、完成させた一場面のように彫刻していた 。
「僕はただ、ヘイズがときどき息苦しくなるだけなんだ。すべてがうまくいって、すべてが完璧すぎて、それが永遠に続くと想像することが。何か全力で走った時の感覚を、時々求めてしまうんだ。君なら、これのことを端的なロマン主義とでもいうだろうけど」
「たしかに古代を紐解けば、詩的で哲学的なインスピレーションの源泉が星空や荒野といった自然に依存していた時期も確かだわ。けれどクロノム、あなたが科学に無頓着な人間の知見と呼んでいるものは、一般的には単なる情動的な……子供じみた空想と私の同僚だったらきっと言うわ」
「君を永遠に雇用することもなく、手放すこともないあの天文台の事かい?」
「ええ、椅子はあと50年は空かないわ 。アストロ・ジオデジー局の正規採用枠の話よ。ベテランが陶器のような肌を保ったまま、現役で完璧な成果を出し続けているんですもの 」
「じゃぁ、急ぐことはないよ。返事はすぐにじゃなくてもいいんだ」
「返事?本当に本気なの?まずあの星に行ったって、私たちの低重力の体じゃ歩行も困難なのよ。だって、それで一生補助スーツを着たまま暮らすのが、本当にあなたの望むもの?」
そう言ってもクロノムは表情を崩すことなくコーヒーショップのシフトへと向かって行ったのでした。確かに彼のような繊細な人が、毎日平坦なシフトをこなしていたら、日々や人生というものに思いを馳せてしまうのは分かりますが、それでもあの嵐の惑星に行きたいだなんて!
彼にはそう、ちょいとばかし慇懃なところがありましたから。そして、鬱蒼としたところも。私はピュリティ・アベニューの、セラミックの舗道を歩きながら、そのことについて考えていました。あの雲と嵐に覆われた惑星に、なにか神秘的なところを見出すところは理解できましたが、まさか本当に植民について考えるだなんて。