■ 本文
聖域区の西端、常に霧が立ち込める「西の塔」の最上階にただ一人で暮らしている。 色素の薄い髪と瞳を持ち、常に色彩のない灰色の粗末な衣服を纏っていることから、衛兵や一部の神官たちの間では**「灰の子」**という通称で呼ばれている。
彼女は生まれつき、ナギの加護と市民権の証明である「紋様」を身体のどこにも持っていない。この社会において紋様を持たない者は、経済活動はおろか、食料の配給を受ける資格すら持たない「野良枝(のらえ)」以下の存在である。そのため、彼女の名は神殿の住民台帳には記載されておらず、公式記録上は「存在しない人間」となっている。
塔の窓からぼんやりと外の世界を眺める姿が稀に目撃されるが、彼女が言葉を発したという報告はなく、塔への立ち入りも厳しく制限されているため、その素顔を知る者は枢密院の極一部に限られる。